カテゴリー「旅行・地域」の記事

2009年7月 4日 (土)

山口県に行ってみた。【前編】

日本三大何とかの旅。

すすめなくては、と思い。

今回は中国地方を攻めてみました。

山口県に結構集まっているなぁという事で、まとめて回ってみます。

 

■三大カルスト地形 「秋吉台(山口県)」

まず最初に近いところから攻めます。

山口県の秋吉台へ向けて、姫路を出発です。

Map1

休日1000円になった高速をひた走ります。

関西、西に走ると「1000円」を遮るものがありません。ラッキーです。(^^;

4時間ほど走って到着。

日本三大カルスト地形、秋吉台とは?

ウィキペディアを引用(抜粋・編集)すると・・・
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E5%90%89%E5%8F%B0
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%88%E5%8F%B0%E5%9C%B0


秋吉台(あきよしだい)は、山口県美祢市中・東部に広がり、台地上の総面積54km2の日本最大のカルスト台地である。

カルスト地形(カルストちけい、独: Karst)とは、石灰岩などの水に溶解しやすい岩石で構成された大地が雨水などによって溶食されてできた地形である。

石灰岩は炭酸カルシウムで出来ており、他の岩石に比べて水に対する溶解性が高い。
そこで水流によって削り取られる(侵食)よりも、岩が少しずつ水に溶けて(溶食)特異な地形を形成する。
この特徴的な地形をカルスト地形と呼んでいる。

厚東川より東部は、1955年に国定公園(秋吉台国定公園)に、また1961年に天然記念物に、1964年に特別天然記念物に指定された。
2007年、秋芳洞とともに日本の地質百選に選定された(「秋吉台・秋芳洞」)。
また 2005年(平成17年)11月8日に「秋吉台地下水系」がラムサール条約に登録された。

地表には多数のドリーネ(窪地)が見られ、地下に秋芳洞、大正洞、景清洞など450を超える鍾乳洞がある(近年も新しい洞窟が発見されている)。

約3億5千万年前(古生代石炭紀)、古太平洋上に海底火山が生じ、海面近くのその頂上に珊瑚礁が形成された。
この海底火山は複数生じ、秋吉海山列と名付けられている。
その後、太平洋プレート運動により北西へ移動し、プレートは海溝から地球内部へ沈降していったが、秋吉海山列は付加体としてユーラシア大陸の一部となった(約2億5千万年前)。
このとき、珊瑚礁だった部分は、化石化して石灰岩となっていた。

しばらく、秋吉海山列からなる付加体は、海底下の地中深くにあったが、約2億年前に大規模な地殻変動(秋吉造山運動)が起こり、付加体は地上に押し上げられるとともに大きく褶曲し、地層の上下が逆転する逆転構造を呈することとなった(秋吉台の地質構造については、複数の解釈が提出されており、定説を見るに至っていない)。

その後、地表に現れた石灰岩からなる付加体は、雨水による浸食を受けて、多数のドリーネや鍾乳洞を形成し、現在のような石灰岩台地となった。

地層の上下逆転ってすごいです。

美祢インターを降りて秋吉台方面へ。
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近くの駐車場に到着。

秋吉台入口までやってまいりました。
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早速、写真撮影をすべく展望台へ行ってみます。
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展望台からの秋吉台、こちらです。
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あちこち無数にある岩のようなものが、以前は海底にあった珊瑚礁だと。

すごいです。

付近を散策し展望台横の売店へ戻って・・・

名物だっていうんなら食べてみよう、という事に。
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これが、山口県名産の夏みかんを使った、夏みかんソフトクリーム。
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ものすごく濃い味がします。

さっぱりしていて、うまいっす。

この子(マネキン人形のなっちゃんです)も食べてみたいのかもと・・・
無理やり持たせてみた。(笑)
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オチがついたところで、次の名所へ向かいます!

 

■三大鍾乳洞 「秋芳洞(山口県)」

秋吉台に数ある鍾乳洞のひとつ、秋芳洞についてウィキってみましょう。


秋芳洞(あきよしどう)とは、山口県美祢市東部に立地する、秋吉台の地下100mにある鍾乳洞。

洞窟探検家による潜水調査の結果、総延長は8,790m(日本第3位、鍾乳洞としては東洋最大規模)あり、葛ヶ穴まで連結した。

このうち、観光用に公開されている部分は約1.5kmである。

鉱山業者の梅原文次郎と英国王立地学協会員のエドワード・ガントレットによる調査の後、1909年に観光地として整備された。2人が調査した当時は、地元では「水神のすみか」と伝えられており、誰も近づかなかったという。

国の特別天然記念物に指定されている。

洞口に瀧があるために古くから「瀧穴」と呼ばれていたが、1926年5月30日、東宮(後の昭和天皇)が行啓の折にこの鍾乳洞を探勝。
このとき「瀧穴」の名称について、時の内大臣牧野伸顕から、「瀧穴」とは何だか名実相伴しない観があるから何とか名称をつけたらよかろうとの提案があり、この「瀧穴」の名は今回の行啓記念に殿下の思召によって近く改めて一段の光彩を添えることがよかろうとのことだった。

1926年6月17日、『防長新聞』は「秋吉の滝穴に入江侍従長から秋芳洞と命名された」と報じた。
この報は、当時東京滞在中だった大森から山口県に電報で通達されたが、その電文にはただ「あきよしどう」とあるのみで漢字の説明がないので「秋吉洞」と命名されたと当初は解釈された。
しかしこの字の読み方について、念のため折返し知事に照会した結果「よしの字は芳なり」との返電があったので「秋芳洞」と書くことが判明した。
こうして1926年6月23日、大森知事から村長に「秋芳洞」の名が伝達された。

秋芳洞、”しゅうほうどう”とも昔は呼んでいたようです。

観光サイトはコチラ。
http://karusuto.com/

秋吉台から車で「秋芳洞観光センター」まで移動。
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その目の前が鍾乳洞入口へ向かう道となっています。

沢山のみやげ店が並ぶ道をキッチリ歩かされた後、鍾乳洞入口へ。(^^;
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しばらく歩くと、いよいよ秋芳洞内部に入っていきます。
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水の色がエメラルドグリーンのように見えます。
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最初の見所、「青天井」ですが・・・・

当日は曇りで太陽光が差し込ま無かったせいか、真っ黒でした。P1090810_blog

カメラは一応「高感度モード:ISO1250」にて撮影。

解像度が荒くなり、ザラザラした画質になるのですが仕方ありません。

ライトが当たっている所、それでも暗いのですが、撮影できてます。(^^;
(フラッシュは無意味かもしれない)

次は「百枚皿」と呼ばれる場所です。
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段々畑のようになっています。海外にもよくありますね。

次は「洞内富士」です。
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確かに、洞窟の中の富士山、と見えなくも無い。(^^;

次は「南瓜岩(かぼちゃいわ)」。
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うーん。苦しい。

次は「大松茸」。
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おぉ。ぬめぬめ・・・してます。

次は「千町田」です。意味は・・・わかってません。(^^;
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お次は有名スポットらしい「傘づくし」です。
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つらら~です。無数にあります。

その先少し登っていくと案内板が出てきました。
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黒谷入口のほうへ進みます。

次に出てくるのは、これも有名スポット「黄金柱」です。P1090856_blog

確かに、黄金色です。間違いない。(^^;

お次は「巌窟王」。
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うーん。なんでしょう。よくわからないです。

この先、狭い通路と写真のような天井をみつつ、延々歩いていきます。P1090888_blog

そしてようやくフィニッシュ。反対側の入口(出口?)までいくのに・・・

さらに歩きます。
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距離は約1km、高低差は40m。1時間近くかかりました。

洞内は17度程度という事で、蒸し暑い外に比べて相当涼しかったです。

写真では写りづらいのですが、とてもキレイで複雑な形をしています。

一見の価値はあるでしょう。

 

ここでお昼になりました。

お腹がすいたので・・・・。

・・・。

これにて【前編】終了です。次回へ続く!(^^;

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2009年7月 5日 (日)

山口県に行ってみた。【中編】

日本三大何とかの旅。

今回は中国地方は山口県を攻める旅、中編です。

秋吉台、秋芳洞を巡ってお昼になって・・・。

お腹がすいたなぁ・・・

と、昼食の場所を探します。

  

■唐戸市場、しものせき水族館・海響館

次の立ち寄り地は、「しものせき水族館」なのですが。

途中で良いところがありました。

観光本にも載っていた、「唐戸市場」(からといちば)です。
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建物の屋上駐車場にプジョー207CCを止めて撮影。(^^;
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中に入ると、海の幸を並べた商店がずらりと並んでいます。
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何がうまいのか、どの店がいいのか、ウロウロした結果・・・

ウニ・イクラ丼、500円。
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握り寿司(マグロ大トロ×2、カニ、はまち、サーモン)、1400円。
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これを購入し、市場の外、関門海峡を望む公園で食します。

関門橋も撮影できるポイントです。
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景色よし、空気よし、もちろん食べ物もよし。

おいしかったです。ご馳走様。

続いて、すぐ近くにある「しものせき水族館・海響館」へ。
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入口付近は工事中でいい写真は撮れませんでした。残念。

とりあえずチケット・大人1800円を購入して中へ。
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こちらの水族館は、フジテレビの「ベストハウス123」で紹介された事があります。
http://wwwz.fujitv.co.jp/123/archive_0711.html

■知る人ぞ知る!? 日本のこだわり水族館BEST3
 第1位:世界一のクラゲ水族館 山形県/鶴岡市/加茂水族館
 第2位:ペンギン水族館
 第3位:世界一の「フグ」水族館 海響館(山口県)

という事で、下関ならでは、フグの水族館です!(^^;
http://www.kaikyokan.com/

エスカレータを上がっていくと・・・
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という感じで普通に魚の大群や・・・

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サメなどに出会えるのですが・・・

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2mくらいのマンボウで驚いたりもしますが・・・

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メインはコチラ、ふぐ、です。(^^;

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ふぐについての説明パネルが沢山あるのですが・・・

中でもこれでしょう。

普通の魚はこうですが・・・

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ふぐは、あばら(?)の部分の骨がありません。

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おぉ。知りませんでした。

さすが、ベストハウス123.(^^;

ふぐだらけでもう写真撮影が追いつかない(逃げ回るし)。

日本以外の海外にいるトロピカルなふぐ達も一杯でした。

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ここには巨大な展示物もあって、シロナガスクジラの骨格標本があるのです。

1Fから撮影した本物の骨格標本。正面から。
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お、大きすぎて収まりません。(^^;

上の階に行って撮影。
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ちょい斜めから。
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そして尾のほうを・・・・。
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・・・。撮影大変すぎます。(ぜーぜー)

水族館HPから引用します。


ホールに大きく横たわるシロナガスクジラ全身骨格標本は、
世界に数体しかない大変貴重なもので、
日本ではここ海響館でしか見ることができません。

骨の全長は23m、生きていた時の全長は26mで、
メスであったであろうとされています。

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クジラやイルカは人間と同等、それ以上に知能が発達していると。

まぁ、地球上で(または宇宙で)一番野蛮で凶暴な争い好きの下等動物=人間と比較されたくはない、と思っているでしょうけど。(^^;

ふぐの水族館、堪能しました。

ここですっかり夕方に。

本日の宿へ向かいます。

宿での夕食はコチラです。
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はい、ふぐの水族館に行って、可愛いふぐ達の泳ぐ姿を見た後に・・・

ふぐ三昧の夕食。

どういうことでしょう!?

人類とはいかに凶暴で残酷な生き物であるか。(^^;

気にせず食べましょう。

弱肉強食です。(鬼だ)

理想は中肉中背です。(ムリだ)

・・・。

やってまいりました。こちらです。
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長嶋茂雄ばりに、一気に食べてしまいます。

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このあと、お品書きにある料理が出てくるわけですが・・・

ふぐのシュウマイ、これが一番美味しかったかも。

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中国人もびっくりデス。

ゴチソウサマ。

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デザートのスイカ、この時期にしては超甘かった。

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えぇ。お上品に綺麗に食べますよ。(^^;

ごちそうさまでしたー。

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すっかり暗くなったので、小高い場所にある宿の外を散歩して・・・

関門橋の夜間撮影にチャレンジ。

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うーん。

障害物がー。もっと高い場所ならなぁ。(イマイチ?)

・・・。

おやすみなさい!

これにて【中編】終了です。さらに続く!(^^;

 

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2009年7月 6日 (月)

山口県に行ってみた。【後編】

日本三大何とかの旅。

中国地方、山口県に結構集まっているぞ、という事で、

まとめて回ってみる旅。2日目です。

 

■三大急潮流 「関門海峡」

朝、宿を出発。

そのすぐ近くに壇ノ浦を一望する、「みもすそ川公園」があります。
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幕末に外国船を攻撃した「長州砲」レプリカが並んでいます。
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「壇ノ浦の戦い」の碑もあります。
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実際に関門海峡を渡ってみよう!

という事で。

高速の通る関門橋は通った事があるので・・・

人や自転車のみ通れる、「関門トンネル人道」へ行ってみます。
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トンネルへはエレベータで降りていきます。
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エレベータを降りると、何かが出迎えてくれます。(^^;
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ここから、九州は福岡県、門司方面へ歩いていきます。P1100050_blog

と、遠い・・・。

昨日もこんなところを歩いてなかったか!?(^^;

そういえば、TV番組「走る男」で、森脇健児がここを走っていたなぁ。
http://www.hashiruotoko.jp/

日本一周人の先輩として、頑張る姿を応援してました。(なぜ上から目線?)

そうそう。

ここですよ。

森脇さんが跨いでいたような記憶が。(^^;
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とおりすぎて反対側からも撮影!
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ここは海底58mだそうです。
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おぉ。

関門海峡、ゲットだぜ。(笑)

そして・・・。

次の目的地に向かうべく、ひたすら長いトンネルを戻っていくのであった。

 

■三名塔(五重塔) 「瑠璃光寺」

ここで折り返し。

東へ向かって帰りつつ、名所を巡ります。

三名塔として、醍醐寺、法隆寺につづく五重塔として・・・

「瑠璃光寺」が山口県にありますので行ってみます。

道のりはコチラ。
Map2

瑠璃光寺とは?

ウィキペディアから編集して引用します。


瑠璃光寺(るりこうじ)は、山口県山口市香山町にある曹洞宗の寺院。

境内は香山公園と呼ばれ、桜や梅の名所にもなっている。
大内氏全盛期の文化を伝える寺院であり、「西の京・山口」を代表する観光名所となっている。
香山墓所は「毛利家墓所」のうちの一つとして国の史跡に指定されている。

国宝の五重塔は大内文化の最高傑作といわれる。
室町時代、嘉吉2年(1442年)頃の建立。
屋外にある五重塔としては日本で10番目に古く、京都の醍醐寺・奈良の法隆寺のものとならび日本三名塔の一つに数えられることもある。

高さ 31.2m で屋根は檜皮葺。
二層にのみ回縁(まわりえん)がついているのが特徴である。
建築様式は和様であるが、回縁勾欄の逆蓮頭や円形須弥壇など一部に禅宗様(唐様)が採り入れられている。
夜間は年間を通して日没~23:00までライトアップされており、周囲に咲く季節の花々とともに美しく浮かび上がる。

はい、寺ではなく、五重塔メインで。(^^;

瑠璃光寺、到着しました。
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中に入ると、右手奥に見えます。五重塔です。
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近づいて、正面から撮影してみました。
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うーん。

いい感じです。

他の歴史的な塔や寺と違う、なんだか珍しい造りが印象的です。
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瑠璃光寺については、こちら。(ん?鶴見総持寺?裕次郎の?)
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さてさて。

これから最後の立ち寄りちとなる・・・。

「防府天満宮」へ向かいます。

 

■三天神 「防府天満宮」

道のりも何も、山口バイパスに乗って真っ直ぐ、です。(^^;
Map3

防府天満宮とは??

ウィキってみます。


防府天満宮(ほうふてんまんぐう)は、山口県防府市にある、
菅原道真を学問の神様として祭った天満宮。

道真が亡くなったすぐ翌年、延喜2年(904年)に出来た日本でも古い天満宮である。
かつては「松崎天満宮」・「宮市天満宮」あるいは単に「天満宮」と称した。

1873年に近代社格制度のもとで県社に列格し、松崎神社と改称した。
戦後の1953年には防府天満宮と再び改称した。

京都の北野天満宮、福岡の太宰府天満宮と並んで、「三天神」と言われている。
これは、道真が宮中での権力争いで失墜し、九州の太宰府に流されていく道筋での宿泊地だったと言われている。

春の頃には太宰府天満宮などと同様、梅の花が開き境内を飾る。

ほほぅ。

福岡の太宰府天満宮と同じ、”菅原道真”というのはその為ですか。

駐車場に車を置いて、防府天満宮到着です。
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途中、こんなものが。
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ものすごーーーく、違和感があります。
縁結びの神様でいいじゃないか!(^^;

立派な門が見えてきます。
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このあたり、大宰府との共通点ですね。
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こちらが拝殿になります。P1100168_blog

とりあえず、健康を祈願し・・・

終了っ!

撤収です!(^^;

この後は、山陽道に乗ってひたすら帰ります。

途中、昼食を広島のSAにて。

お好み焼きがなかったので・・・

「宮島丼」にしました。
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カキフライと煮穴子を卵でとじる。

うまーーー。

さらに、味噌汁が・・・異常なまでのウマさでした。

参りました。

ごちそうさま。
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この後、16:30には自宅へ無事に帰宅、なのでした。

そんなに遠くないな山口。

いいぞ、高速1000円。(^^;

期間限定なのが惜しい。

今のうちに車で遠出して・・・

皆で二酸化炭素を吐き出す・・・

って、なんだか違うような気がするが・・・。

せめて、プリウスかインサイトを買わなきゃ、なのか。

悩みますなぁ。

 

ではでは。

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総走行距離:928km
平均燃費:13.3Km/L
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2009年8月 1日 (土)

鳴門海峡に行ってみた

日本三大何とかの旅。

前回は、山口県まで行って「関門海峡」を見てきました。

今回は、同じく三大急潮流の一つ、徳島県の「鳴門海峡」へ行ってみる事に。

 

■三大急潮流 「鳴門海峡」

8/1は兵庫・京都で大雨やら強風やらで大変な天気でしたが・・・

四国のほうは大丈夫かも?と思って出発です。(^^;

本日の道のりはコチラ。
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まずは高速で垂水から淡路島方面へ。

普段のカメラを持ってこなかったので・・・

今回、全て携帯で写真を撮影することに!(暗)
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最初に登場するのは「明石海峡大橋」。
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橋を渡って淡路SAから・・・

パラパラと雨の降る中、橋を撮影してみました。
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明石海峡大橋とは?

ウィキペディアより引用します。


明石海峡大橋(あかしかいきょうおおはし)は、
兵庫県神戸市垂水区東舞子町と淡路市岩屋とを結ぶ、
明石海峡を横断して架けられた世界最長の吊り橋である。

全長3,911m、中央支間1,991mで世界最長の吊り橋である。
明石海峡大橋の主塔の高さは海面上298.3mであり、
国内では東京タワー(333.0m)に次ぐ構造物である。
1998年(平成10年)4月5日に供用が開始された。建設費は約5,000億円。

建設当初は全長3,910m、中央支間1,990mであったが、
1995年1月17日の阪神・淡路大震災で地盤がずれ、1m伸びた。

垂水IC - 淡路IC間のキロ当たりの通行料金は普通車で約203.54円となっていて、
これは通常の高速道路の約8倍もの料率である。
(現在の通行料は、垂水~淡路間の普通車片道料金が2,300円)

世界最長の吊橋だったんですね。
だから通行料金も高額設定なのか?(^^;

この後、”島”とはいえ意外とデカイ淡路島を南へ走っていきます。

やってきました、「大鳴門橋」です。
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ウィキペディアを引用します。


大鳴門橋(おおなるときょう)は、兵庫県南あわじ市福良丙 (淡路島門崎)と
徳島県鳴門市鳴門町土佐泊浦(大毛島孫崎)間の鳴門海峡両端を結ぶ
吊り橋である。1985年6月8日に開通。

橋長は1,629m、中央径間は876m、幅は25m、主塔の高さは144.3m。
橋は上下2層式となっており、上部は片側3車線の道路、下部は将来的に
鉄道 (四国新幹線)を通すことが出来る構造となっている。

ただし、明石海峡大橋が道路単独橋で建設されたので、神戸からの鉄道が
明石海峡大橋を経由して大鳴門橋に通じる可能性は消滅している。

後から出来た明石海峡大橋の方が長いのですね。

とりあえず、橋を渡って鳴門北ICで高速を降ります。

一般道で引き返して、鳴門公園内にある展望台「エスカヒル」へ。

ここには「東洋一」のエスカレータが。(^^;
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通行料金を払って、展望台に続くエレベータへ。

急だ。長い。(^^;
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ようやく辿り着いた展望台からの・・・

鳴門海峡と大鳴門橋の眺めはこちら。
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高速を渡った所にある「大鳴門橋架橋記念館」に行ってみた。
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通称は「エディ」らしい。(^^;
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館内の写真はコチラ。
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この後は、大鳴門橋の高速道路下を通っている・・・

「大鳴門橋遊歩道」=”渦の道”へ。
(入口は降雨のため撮影回避)
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当日の大潮の時刻まで待って、大きな渦ができるのを待ったのですが・・・

観光パンフレットにあるような渦は発生してませんでした。残念。
(最後の写真もガラス越しでイマイチ)

結構、外人さんも観光に訪れていました。

観光客用に”巨大渦発生装置”でも海底に仕込んで欲しいものだ。(笑)

さてさて・・・

お腹もすいたので・・

「徳島ラーメン」でも食べに行こうという事になり・・・

こちらへ行ってきました。

「中華そば いのたに 鳴門店」P1000110_blog

徳島ラーメンといえば”いのたに”というくらい有名らしい。

新横浜のラーメン博物館にも、徳島ラーメン代表で出店したことも。

本店ではないけれど、店内には有名人の色紙が。
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阪神の皆さん、ブラックマヨネーズ、チュートリアル、ザたっち、等々。

他にも色々ありました。

色紙を眺めている間に、注文した「中華そば・肉入り」到着。
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徳島ラーメンはご飯のおかずらしく、小さめの器で出て来ます。

豚骨醤油のスープ、中細めん、もやし+ネギに・・・

肉=「豚生姜焼き定食」に出てきそうな豚バラ肉、がたっぷり。(^^;

スープは濃い目でうまい。

豚肉の味がまた濃くてスープに負けずうまい。

ごちそうさまでした。
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天候はイマイチでしたが、鳴門海峡ゲットしました。

ラーメンもうまかった。(^^;

満足でございますー。

 

ではでは!

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2009年8月13日 (木)

四国の日本三大なんとかを巡る【前編】

日本三大何とかの旅。

8/1に四国に渡って「鳴門海峡」を見てきました。

今回は、さらに四国を大きく回って「三大なんとか」を巡ってみることに。

お盆の高速渋滞に巻き込まれに行く旅(?)スタートです。

 

■三大鍾乳洞 「龍河洞」

8/1に四国へ行く際は淡路島を通りました。

瀬戸大橋も渡った事があります。

ここは一発・・・。

高速道路1000円化で苦しい経営状況になっている・・・。

フェリーを積極的に使いたいと思います!(^^;

和歌山-徳島を結ぶ「南海フェリー」へ初乗船。

そして、四国へ渡り「龍河洞」→「はりまや橋」と巡ってみます。

本日の道のりはコチラ。
Map_01

8/13の阪神高速、思ったような渋滞はなくスイスイでした。

阪和自動車道の紀ノ川IC付近から少し混んでましたがとてもスムーズ。

一路和歌山港へ。

フェリーターミナルへ到着。
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10:50~13:00の便に乗るべく手続きをしますが・・・。

どうやら南海フェリー、予約が事前に必要だったらしい。

予約無しなので、キャンセル待ち、となりました。

でも「2番目だから乗れますよ」と言われて乗船待ちの列へ。(^^;
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こちらが乗り込むフェリーです。

結構大きめ。
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無事に乗り込んで出発。

徳島港へ予定通り到着です。
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フェリーを降りて、徳島インターへ。

徳島道を高知方面へ西に走っていきます。
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フェリーまでは良い天気で晴れていましたが、

高速を走り始めると急に曇天に。

ついに雹でも降ってるんじゃないかと言う位の激しい雨に。
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片側1車線で車の台数は少ないのにノロノロ走行が続き・・・

ようやく高知道へ。
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結構長いトンネルが続く高知道をひたすら南下。
(ここは相変わらずとても走りやすい)

南国ICを降りるとすぐに看板が出ていました。
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30分くらい走って到着です。

こちらが龍河洞の入口。
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秋芳洞と同じく、土産物店が並ぶ道をひたすら歩いていきます。
(名産品なのか、包丁や鍬などが並んでいる)

入口へ上るエスカレータに到着。
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上るとすぐに鍾乳洞への入口が。

チケットを購入して入ります!
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龍河洞とは?

ウィキペディアから引用します。


龍河洞(りゅうがどう)は、高知県香美市にある鍾乳洞。
日本三大鍾乳洞の一つに数えられる。

1934年(昭和9年)、国の天然記念物および国の史跡に指定された。
2007年(平成19年)には日本の地質百選に選定されている。

鍾乳洞の総延長約4キロメートルのうち、約1キロメートルが通常ルートとなっている。
このほかに、冒険コース(前日までに要予約)がある。

洞内より数十点の弥生式土器、炉跡、木炭および獣骨などを発見しており、
弥生時代にあって洞内に居住した痕跡がのこるとして天然記念物指定と同時に
国の史跡にも指定された。

特に洞内において弥生式土器と地面がくっついたまま鍾乳石化したものが見られ、
この龍河洞のシンボリックな存在である。
その隣には近代になってから試験的におかれた器が置かれ、
こちらも鍾乳石と一体化している。

という事で、あまりウィキペディアにも「これだ!」という特色は書かれていない。

弥生人が住んだ跡があるくらいか。

と思ったら。

これが「ウリ」なのかも!
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入口なんだけど・・・

異常に狭い。低い。

この先も、洞内全てが横幅が狭くて、天井が低いところが多い。

いや、多すぎる!

おデブに不向きな鍾乳洞!(これがウリ?)
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ずーっと中腰になったヨチヨチ歩き(うさぎ跳びの姿勢で歩く)と、

体を横にしてギリギリ通る場所の連続で・・・

ここなんかもうどうやって通れっていうのさ!?

おいらは急に痩せられない!(^^;
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日本三大鍾乳洞というよりは、日本一通路の狭い鍾乳洞に認定したい。

そんなこんなでありますが、こんな見所があります。
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狭い通路をうさぎ跳びの姿勢で歩き、急な階段を通って大汗かいて、

異常に寒い場所から異常に湿気のある場所(出口付近)を通り、

天井から落ちてくる大量の水を浴び、

全身びっしょり、クタクタになってしまいました。(T_T)

恐るべし、龍河洞。

もう一回中を歩けと言われたら・・・

きっぱりと言おう。

ノーサンキュー!と。(^^;

三大鍾乳洞、2つ目をゲットしました。

次の目的地へ向かいます!

 

■三大がっかり名所 「はりまや橋」

出ました。

三大がっかり名所。

なんと不名誉な名所なんでしょう。(^^;

龍河洞から高知市内へ移動します。

路面電車が走っています。
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ごめん、と謝っている訳ではありません。

土佐電鉄の『御免線』(ごめんせん)です。

「はりまや橋」の駅もあります。
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その駅の近く、はりまや通りにある、はりまや橋公園に・・・

ありました!
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ウィキペディアから引用します。


播磨屋橋(はりまやばし)は、高知市中心部にある道路橋で、
長さ約20mの桁橋である。
俗に、ひらがなで「はりまや橋」と表記されることも多い。

江戸時代に、高知の豪商である播磨屋と櫃屋(ひつや)は、
互いに本店が堀で隔てられていた。
この両者の往来の為に架けられた私設の橋が、「播磨屋橋」(はりまや橋)
の名称の由来である。

城下町・高知の中心部に位置しているので、橋の付近には、江戸時代初期に、
掛川から移住した山内家の家臣たちの住居が集まっていた。

竹林寺の僧・純信が恋人である、いかけ屋・お馬の為に髪飾りを買った
という悲恋物語は「よさこい節」の歌で有名である。

元来は堀川に架かる小橋であったが、1928年の土佐電鉄桟橋線延伸開業
に伴う高知市の街路整備により、同市の目抜き通りに一変した。
1960年代に入ると、製紙工場からの排水に起因する市街地河川の水質汚濁が
顕著となり、堀川はほぼ全長に渡って埋め立てられた。

1998年、車道から少し離れた場所に、歩道専用の太鼓橋として新しい播磨屋橋
が設けられ、橋の下には人工水路が設置された。
旧欄干は、播磨屋橋公園の地下に展示されている。

また、播磨屋橋公園には、明治時代の播磨屋橋を復元した橋も架かっている。

はりまや交差点は、四方からの路面電車が十字で交差していることもあり、高知市の実質上の道路元標となっている(名目上の道路元標は県庁前交差点)。
1928年頃には、「東洋一の交差点」とも謳われた。

という事で、当時の橋を復元したものだと。

あまりの小ささに「がっかりする」名所、となりました。

がっかりというより、これはこれでいいのでは。(^^;

 

■「たたき亭」

そろそろ夕食の時間になってきました。

高知といえば「かつお」でしょう。

はりまや橋近くの有名なお店、「土佐料理 たたき亭」に行ってみました!
http://tatakiya.jp/
http://www.hotpepper.jp/A_20100/strJ000030802.html
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特等席はカウンター席、と観光本には書いてありました。

カツオを藁(わら)で炙るのがよく見えるから・・・ということで。

一番混んでいるであろう時間帯に来てしまいましたが・・・

店内に入るとちょうどカウンター席が空いていて座れました。

ラッキーです。

お品書きはこんな感じ。
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かつお、はともかく・・・

うつぼ・・・。

お店の人も勧めてくるので・・・

まずは、かつおのたたきと、うつぼの唐揚を注文。
(さすがにうつぼの刺身は怖かった)

厨房でHPにも登場している主人がかつおを炙ってます。
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すごい炎です。匂いも漂います。(^^;

かつおのたたき、塩とタレが到着。
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両方食べ比べましたが・・・

だんぜん、「塩たたき」がウマい!

ニンニクとのコンビネーションが超ウマいです!!

ウマすぎます!!

これは絶品。

かつおの塩たたきを食べずして高知を去ることなかれ。(^^;

ごちそうさまです。
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次にやって来たのは・・・

うつぼ。唐揚です。
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生きてる姿を想像・・・出来ない形で安心です。(^^;

食べてみると脂が濃厚で、ウマい。

これまたニンニクがいい感じに。

食わず嫌いはいけません。

ごちそうさまでした。
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他にも色々と注文しましたが・・・

高知ならではの料理を紹介。

四万十のりの天ぷら。
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そのままを天ぷらにしました!

という感じです。結構分厚い。
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モチモチしていて、のりの風味がすごく良いです。

ごちそうさまでした!
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いやぁ。堪能しました。

特にかつおの塩たたき。

いいです。通販で買ってしまいそう。(^^;

 

店を出ると・・・

ちょうど花火大会が始まった頃でした。

昨夜行なわれるはずだった花火大会、雨で今日に延期になったのだとか。
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こちらも堪能いたしました。

高知市内のホテルに宿泊し、本日は終了。

明日は引き続き「四万十川」へ行ってみます。

 

ではではー。

 

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2009年8月14日 (金)

四国の日本三大なんとかを巡る【中編】

四国の日本三大なんとかを巡ってみよう。

という企画。

昨日、8/13は意表を突いて南海フェリーで四国入り。
龍河洞とはりまや橋を巡って、名物かつおを食してFinish。

本日はこんなルートで、ほぼ高速道路無しの旅になります。
Map_02

■三大清流 「四万十川」

四万十川ってどんだけすごい川なのか?

TVや雑誌を見て綺麗だってのはわかる。
これは・・・
やはり、行ってみるしかあるまい。

というのが今回の旅立ちの動機でもあった。(^^;

四万十川の河口から攻めて上流へ行き、源流点にまで遡りたい!
と思ったのだが。

その後の立ち寄り地が多い事、
宿泊地まで遠い事、
途中、高速道路はなく狭い山道しかない・・・

という事で、四万十川中流から攻めます!

まずは、はりまや橋近くのホテルを出発。

朝食はこちら。
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高知名物、「ぼうしパン」。

昨夜、TVで「ケンミンSHOW」を見ていたら、ちょうど高知県。
エモヤン(江本孟紀)が紹介していた”ぼうしパン”が気になって。
買ってしまいました。(^^;

確かにつばの部分はうまい。
中心部は・・・パッサパサで口の中の水分を奪われる。
厳しい感じだった。(苦笑)

気を取り直して高知市内を出発、四万十市方面へ。
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一部高速を走り、あとはひたすら一般道を2時間以上走って・・・

四万十川の中流に位置している(と思われる)道の駅、

「四万十とおわ」に到着。
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店内には多数の土産物と、こんなものを売ってます。
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新聞紙を利用して作る「エコバッグ」が有名との事。

写真は自分で組み立てるキットです。
お土産に完成品のエコバッグを1つ買いました。
雨の日は使えそうに無いけど。(^^;

ついでに、TVで有名な(?)ごっくんも買いましたよ。
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本日の天気は快晴。

道の駅のすぐ横を流れる四万十川の姿は素晴らしいです。
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エメラルドグリーンというより・・・
なんと表現すれば良い色なのか・・・。

自分が知っている"川”とは違います。

ウィキペディアを引用してみる。


四万十川(しまんとがわ)は、高知県の西部を流れる渡川水系
の本川で、一級河川。
全長196km、流域面積2270km2。四国内で最長の川で、流域面積も
吉野川に次ぎ第2位となっている。
本流に大規模なダムが建設されていないことから「日本最後の清流」、
また柿田川・長良川とともに「日本三大清流の一つ」と呼ばれる。
日本の秘境100選にも選ばれている。

四万十川には支流も含めて47の沈下橋があり、高知県では生活文化遺産
として保存する方針を1993年に決定している。

高知県高岡郡津野町の不入山(いらずやま)を源流とし、
高知県中西部を逆S字を描くように蛇行しながら多くの支流を集め、
四万十市で太平洋に注ぎこむ。
河口附近では「渡川」という名前であるため、
水系名は「渡川水系」となっている。

古くから「四万十川」と書いて「わたりがわ」と呼ばれていた事もあるという。
また「四万渡川」と書かれることもあった。
これが省略されて「渡川」の名称が発生したものと思われる。
宝永5年(1708年)の土佐物語には「四万十川 わたりがわ」と
記されているという。

これが日本最後の清流の美しさですか。

源流点、どんな場所なのでしょう。

ここから上流へ向けてひた走ります。

途中、走りながら相方が撮影した風景、立ち寄った沈下橋、
入ってみた川の様子、等々の写真を並べます。
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だいぶ上流まで来たぞ・・・

という所で、源流点近し!という看板が出てまいりました。
(”せいらんの里”は源流点とは異なります。距離も。)
http://www.mantentosa.com/sightseeing/tunocho/see/shimanto/index.html
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ある程度まで車で上って・・・

というか、狭すぎるよ県道19号線!

軽トラがギリギリすれ違えるくらいの幅しかない山道をずっと走らされ・・・

疲労困憊。(^^;

不入山まで辿り着き、ある程度急な山を上って・・・

車を置けるスペース(待避所)を見つけ、そこで車を降りました。

ここからは歩いて行ってみます。
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20分くらい山道を歩き、あと1kmの看板を発見。

そして、「源流点の碑」まで辿り着きました。
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さらにこの先25分、岩の転がる登山道(トレッキングコース?)の先に、
地図上の本当に本当の源流点(水が湧き出る箇所)がある、と。

さすがにサンダルを履いた相方と一緒にそこまで行くのは難しい。

これにて、四万十川源流点に到達、で良いよね。(^^;
(結構頑張ったよ)

周辺の写真はこちら。
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この小さな流れから始まり、
途中でいくつもの支流が合流して、
あの美しい四万十川の流れになっているんですねぇ。

この先もずっと「清流」であり続けて欲しいと思います。

ここで・・・

相方は空のペットボトルに四万十川源流の水を汲みました。

一口飲んで「微妙な味」だったそうで。

お腹こわすかもよ、と笑って、この場は終わりました・・・。

 

■三大カルスト地形 「四国カルスト」

さてさて、そんなにゆっくりもしていられません。

次の立ち寄り地を目指します。

山口県の秋吉台に続く、2つ目のカルスト地形、
四国カルストにレッツゴーです。

まずは「天狗荘」に向けて走ります。
四国カルストを擁する天狗高原にある休憩スポットらしく。

またもや狭~い山道を、ひたすら神経をすり減らしつつ上ります。
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龍河洞といい、「狭い」が高知のキーワードかよ!
とブツブツ文句を言いながら1時間近く走って・・・

ようやく到着した天狗荘はこちら。
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そして、この建物は・・・
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山頂にあって、高知県と愛媛県にまたがって建っている。(^^;

敷地の反対側はこんな感じ。
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天狗荘の周辺と、山頂からの眺めはこちら。
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ここで休憩しているライダーたちの会話が聞こえてきました。

「四万十川源流の水、友達がガバガバ飲んで、全員腹こわして寝込んだ」
「そりゃぁそうだろう~」

という事らしいのです。

相方とそれを聞いて、黙って顔を見合わせてしまいました。

あぁ君に幸あれ。(笑)

この後・・・
相方はお腹に”爆弾”を抱え、気にしながら旅するのでした。(^^;

天狗荘での休憩を追えて、
牛の放牧場近くの四国カルスト絶景スポットへ急行します。

四国カルスト、ウィキペディアより引用します。


四国カルスト(しこくカルスト)は、愛媛県と高知県との県境にある
標高が約1,400m、東西に約25kmに広がるカルスト台地である。

日本三大カルスト(四国カルスト、山口県の秋吉台、福岡県の平尾台)
のひとつで、その中でも最も高い標高からは石鎚山などの
周辺の山々が一望できる。
浸食作用で地表に露出した石灰岩が点在している。

乳牛の放牧地帯としても有名で、多くの牛が放牧され、カルスト特有の
風景をさらに牧歌的にし、多くの人々が訪れる観光地となっており、
愛媛県では1964年(昭和39年)3月21日に四国カルスト県立自然公園
として指定された。

やはりここもサンゴ礁が隆起して出来た地形です。

昔海底だったのにいまは標高1400mの山。
自分の脳みそではまったく理解できません。(^^;

その理解しがたいカルスト地形、こちらです。
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石灰岩と牛。

異様な光景です。
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秋吉台より雄大な風景に思えます。

岩が多数ある、近く集中している、標高が高く景色がよい、
何より牛がいる。(^^;

カルスト学習館というものがあったのですが、
閉館していて入れませんでした。残念。

さらに先を行くとキャンプ場もあり、家族連れが多く来ていました。
冬には高知唯一のスキー場になるという。

いやぁ、四国カルスト、堪能しました。(^^;

残るカルスト地形は福岡の1箇所ですなぁ。頑張ろう。

 

■三古泉 「道後温泉」

そろそろ日も暮れそうになり、宿に向かいます。

愛媛方面のまたもや狭い山道をひたすら下っていき・・・

愛媛県松山市へ向かいます。
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ひたすら一般道を走り、道後温泉に到着。
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ホテルに到着して食事。
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とりあえず、完食。(^^;
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狭い洞窟を通った昨日に続き、今日はとびっきり狭い県道をひた走る。

相当に疲れたのですが、温泉で癒す事ができました。

極楽極楽・・・。

明日は来島海峡&しまなみ海道です。楽しみです。

 

いじょ!

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2009年8月15日 (土)

四国の日本三大なんとかを巡る【後編】

四国の日本三大なんとかを巡る旅、3日目、最終日です。

昨日、8/14は四万十川→四万十川源流点→四国カルスト→道後温泉と
結構な距離を走りました。

かなりのお疲れモード。(^^;

最終日は、地獄の帰省Uターンラッシュと戦うため、
1箇所だけ訪れる予定にしました。

老体にムチ打って、本日はこんなルートを走ります。
Map_03 

■三大急潮流 「来島海峡」

今まで「関門海峡」と「鳴門海峡」は攻略済みです。

3つめの「来島海峡」で、三大急潮流を制覇となります。

しかし・・・

関門海峡や鳴門海峡は結構有名だけど・・・

来島海峡って、一般的には地味じゃないか!?

という事で、ウィキペディアで調べてみます。


来島海峡(くるしまかいきょう)とは、瀬戸内海中部、
愛媛県今治市とその沖の大島との間を隔て、
水域においては西の斎灘(いつきなだ)と東の燧灘(ひうちなだ)
とを隔てる海峡。日本三大急潮の一つ。

付近一帯は瀬戸内海国立公園に属し、糸山公園(いとやまこうえん)
を初めとする景勝地が点在する。
また、大島の亀老山山頂の展望台から見下ろす来島海峡の眺め、
特に暮れなずむ夕景は観光写真等によく登場する。

海峡付近には島が多く、大型船舶の航行はこの海峡によらなければ
ならないが、昔から「一に来島、二に鳴門、三と下って馬関瀬戸」
と唄われるように、潮の流れが速く、海の難所として知られている。

潮流は速く、加えて小島の影響によりところにより
複雑な流向、流速で、流速は時には10ノットにも達することがあり、
瀬戸内海のみならず全国的にも有数の船の難所とされる。

この海峡を挟んで、本州側から第一、第二、第三の順に
西瀬戸自動車道(通称:瀬戸内しまなみ海道)の
来島海峡第一~第三大橋が架けられている。
これら三つが連なり、三連吊橋を形成している。
総称して来島海峡大橋とも呼ばれる。

同橋には自転車・歩行者道が併設されており、
徒歩で海峡を渡ることができる(徒歩無料)特徴があり、
橋上から雄大な来島海峡や巨大船舶が橋の下を通過するのを
眺めることができるほか、ウォークイベントも時折開催される。
自動二輪車も通行可能(ただし有料)であり、
日常的に通勤や所用で利用する人も居る。

長くなってしまいました。(^^;

来島海峡、来島海峡大橋、しまなみ海道は拡大するとこの辺りですね。
確かに今治と大島の間は狭いです。船の難所ですか。
(「ポニョ」の舞台のモデルになったあの場所も近いです)
Map_04

早速宿から出発して、ひたすら317号線を走っていきます。

今治市内に入り、しまなみ海道方面へ・・・
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と思ったら、自分の目を疑う”珍しい名前”の交差点が。
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ドンドビ交差点、ですか。
なんですかそれは?
誤植か?

と思ったら、ナビもこの通り。
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由来を調べてみると、色々と勉強になります。
興味のある方はどうぞ調べてみて下さい。

この交差点を左に曲がってひたすら進むと・・・

来島海峡を一望できる、糸山公園があり、その中の
来島海峡展望館、展望台へ行ってみます。
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まずは、こちらが来島海峡展望館。説明展示があります。
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次に展望台に上って・・・

来島海峡大橋を撮影してみました。
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海峡シリーズ、常に天気がイマイチなのはなぜだろう?(笑)

とりあえず、来島海峡ゲットです。

来島海峡大橋の反対側の写真はコチラ。
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ぐるぐる回っているのが、原付バイク・自転車・歩行者用の道です。

別の入口があります。
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近くの施設「サンライズ糸山」で自転車を借りて走ってみるのも良いでしょう。

歩行者以外は有料です。P1100996_blog

自転車部のみんな、元気かな?

ここを走ってみたいという話題がありましたが・・・

ごめんなさい、自転車ではなく車で渡ってしまいます。(^^;

しまなみ海道、走ってみた様子はコチラ。
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しまなみ海道、渡りきって・・・

本州へ上陸。

この後は、福山ICから山陽道に乗って、

帰省客達のUターンラッシュに飛び入り参加。(T_T)

倉敷辺りで混んだものの、おおきな渋滞無く帰り着きました。

結構ラッキーだったかもしれません。

もう少し寄り道出来たかな?(^^;

という事で、四国を巡る旅、終了です。

先月から、中国・四国地方の「三大なんとか」、

かなり回れました。

次は九州か、京都周辺、紀州あたりか・・・。

行ってみることにしましょう。

 

ではでは。

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2009年8月29日 (土)

京都を地味に巡ってみた

京都にある”日本三大なんとか”を巡ってみよう。

という事で、中国地方、四国地方に続いて・・・

近畿地方にようやく着手です。

今回はこんなルートで・・・

地味に!

有名な観光地はひたすら避けて!

京都を巡ってみます。(笑)
Map_01

姫路を出発して、

(B)北野天満宮→(C)醍醐寺→(D)平等院鳳凰堂→(E)石清水八幡宮、

というルートになります。

 

■三天神 「北野天満宮」

きました。

ついに”三天神”を制覇するときが。(^^;

「太宰府天満宮(福岡県)」と「防府天満宮(山口県)」は攻略済みです。

関東には台風が接近、関西は秋雨前線の影響で雨の降る中・・・

名神高速道路・京都南ICへ到着。
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結構混雑してます・・・。

雨でも高速1000円で観光客が多いのでしょうか。

(さらに無料化されると・・・??)

ICから30分ほど走って、北野天満宮へ到着。

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北野天満宮とは?

ウィキペディアより編集し引用します。


北野天満宮(きたのてんまんぐう)は京都市上京区にある神社である。
京都市民からは「てんじんさん」の愛称で呼ばれる。

菅原道真を主祭神とし特に学問の神として知られる。

延喜3年(903年)、菅原道真が無実の罪で配流された大宰府で歿した後、
都では落雷などの災害が相次ぎ、清涼殿への落雷で大納言の藤原清貫が
亡くなったことから、道真は雷の神である”天神”と同一視されるようになった。

道真が亡くなった後、「天満」の名は、道真が死後に送られた神号の
「天満(そらみつ)大自在天神」から来たといわれ、
「道真の怨霊が雷神となり、それが天に満ちた」ことがその由来という。

道真の歿後20年目、朝廷は道真の左遷を撤回して官位を復し正二位を贈る。
天慶5年(942年)、右京七条に住む多治比文子という少女に託宣があり、
5年後にも近江国の神官の幼児である太郎丸に同様の託宣があった。
それに基づいて天暦元年6月9日(947年)、現在地の北野の地に
朝廷によって道真を祀る社殿が造営された。

北野天満宮や菅原道真は、梅および牛との関係が深い。

白梅と石の臥牛像道真は、梅をこよなく愛し、大宰府左遷の際、
庭の梅に「東風(こち)吹かば 匂い起こせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」
と和歌を詠んだことや、その梅が菅原道真を慕って一晩のうちに大宰府に
飛来したという飛梅伝説ができたことから、梅が神紋となっている。

牛は天満宮において神使(祭神の使者)とされているが、その理由については
「道真の出生年は丑年である」「亡くなったのが丑の月の丑の日である」
「道真は牛に乗り大宰府へ下った」「牛が刺客から道真を守った」
「道真の墓所(太宰府天満宮)の位置は牛が決めた」など多くの伝承があり、
どれが真実なのか、それとも全て伝承に過ぎないのかは今となっては
良くわからないものの、それらの伝承にちなみ北野天満宮には神使とされる
臥牛の像が多数置かれている。

という事で、歩いていくと最初に出てくる門がこちら、”楼門”です。
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修学旅行の生徒でしょうか。グループ別なのか数人単位で行動していますね。

中に入ると赤い目の牛がいます。
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左手に少し進んでいくと”絵馬所”があります。さすが学問の神。
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少し進んでいくと、”三光門(中門)”があります。
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後西天皇御宸筆『天満宮』の勅額を掲げてある、という事だそうです。

彫刻の中に日月星があるから三光門、の名が付いていると。
(一説にはこの彫刻は日と月と三日月はあるが星はないといわれる)

この先にあるのが、国宝の”社殿”です。
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菅原道真公を祀る本殿で、慶長12年(1607年)に豊臣秀頼公が父秀吉の遺志で
建てたものだそうです。

裏手には元の地主社が。
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こちら、正面入口の真正面の位置にあります。

本殿は、ここに遠慮して(?)、左側に寄った形で建てられているとか。

その先には末社、”文子天満宮”があります。
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さらにその先は、”北門”です。
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その他の写真はこちら。
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おみくじは中吉でした。

厄年、ファイトです。

(意味不明)

北野天満宮、満喫いたしました。

三天神・・・

「北野天満宮(京都府)」、「太宰府天満宮(福岡県)」、「防府天満宮(山口県)」

制覇しました。

おめでとう、俺。(^^;

 

■三名塔(五重塔) 「醍醐寺」

きました。

またやってきました。

本日2回目のビッグチャンスです。

ついに”三名塔”までも、制覇するときがやってきました。(^^;

「法隆寺(奈良県)の五重塔」と「瑠璃光寺(山口県)の五重塔」は攻略済みです。

残る最後の五重塔がある、「醍醐寺」へ・・・

北野天満宮を後にして、南下します。

二条城も京都御苑も、他の観光地を見ずに直行です。

深谷ネギ、恐るべし。

町は選挙一色ですが・・・
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マニフェストあります・・・?

そうなんですか。

といった感じで、自分の公約達成のために醍醐寺へ向かう!(^^;

そして、到着だ!

醍醐寺の前にある、そば屋! にしんそばを注文だぁ!(笑)
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だって、もうお昼なんですもの。(^^;

京都名物くらい食わせてくれよ。

という事で・・・
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完食です!

甘辛く煮たニシン、うまいです。

うまいけど、そばとトッピングするのはどうだろう!?

その必要があるのか?

非常に疑問である。(^^;

そして、振り返るとそこに、醍醐寺はあった。
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真言宗の総本山、であります。

しかも、世界遺産登録もされています!

醍醐寺について、ウィキペディアより編集・引用です。


醍醐寺(だいごじ)は、京都府京都市伏見区醍醐東大路町にある
真言宗醍醐派総本山の寺院。
山号を醍醐山(深雪山とも)と称する。

本尊は薬師如来、開基(創立者)は理源大師聖宝(しょうぼう)である。
古都京都の文化財の一部として世界遺産に登録されている。
豊臣秀吉による「醍醐の花見」の行われた地としても知られる。

醍醐寺の創建は貞観16年(874年)、空海の孫弟子にあたる理源大師聖宝が
准胝観音(じゅんていかんのん)並びに如意輪観音を笠取山頂上に迎えて開山、
聖宝は同山頂付近を「醍醐山」と名付けた。

下醍醐は本尊薬師如来を安置する「金堂」、「三宝院」などを中心に、
上醍醐とは対照的に絢爛な大伽藍が広がる。
応仁の乱によってほぼ全焼し、その後も幾度の火災によって焼失・再建を
繰り返しているが、護摩道場前に建つ五重塔は創建当時のまま現在に残る。
また五重塔内部に描かれた壁画も国宝に指定されており、中でも空海の肖像画
は現存する最古のものである。

他にも沢山書かれていて、書ききれません。(T_T)

いろいろと見所はあるようなのだが・・・

まずは五重塔がある方へ行ってみます。
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しばらく歩くと、”西大門”があります。

桃山時代の建築物だそうです。
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木彫りの金剛力士像、迫力があります。

工事中のところが多く、道が狭くなっているので気をつけて歩きます。

朝から雨が降って、曇って・・・

いまはもう快晴。ピ-カン状態で蒸し暑くなってきました。

汗を大量にかきながら、”金堂”へ到着。
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お堂の中は撮影禁止という事で写真はありません。残念です。

そして・・・

金堂の横にあるのが、”五重塔”であります。
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うーん。

約38m、でかいです。

美しいです。

平安時代の建物ですかぁ。

よくぞ残ってますね。

三名塔(五重塔)、これにてゲットです。

この先をさらに上って・・・

撮影した写真はこちら。
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上醍醐まで行くのは難しいので、このあたりで。(^^;

それでも結構歩いてヘロヘロになってしまいました。

山を下って入口付近へ戻り、”三宝院”へ。
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中に入ってみます。

こちらが三法院。
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この右の壁に囲われた、庭(建物服務)が特別史跡・特別名勝・・・。
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入るしかありません!

しかし!

中はどこもかしこも

撮影禁止!!

はうー。

素晴らしい光景でありますが、写真を掲載できません。残念。

豊臣秀吉が基本設計をして花見を楽しんだ庭。

居室も特に襖などは大変なものですね。

必見でしょう。

お薦めです。(^^;

いやぁ、醍醐寺、堪能しました。

三名塔(五重塔)・・・

「醍醐寺(京都府)」、「法隆寺(奈良県)」、「瑠璃光寺(山口県)」

制覇しました。

三天神に続いて、今日の俺、おめでとうっ!(^^;

 

■世界遺産 「平等院鳳凰堂」

ついでにというか。

通り道でもあったし。

見てみたかった。

10円玉の裏の風景。(^^;

ということで、宇治市までやってきました。

平等院鳳凰堂、です。
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10円玉の裏面(ん?本当はどっちが表だ?)を重ねて撮影!
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おー。ナイスですねぇー。

そのほかの写真はこちら。
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かなり遅い時間に来てしまい、まもなく閉場という事に。

外に出ると、 「抹茶アイス」を売ってたので・・・。

蒸し暑い夕方にピッタリ。

迷わず買ってしまいました。
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普通のソフトクリームに、これでもかぁっ!!と粉末の抹茶を振り掛ける。

ブラボー。

おいしいです。

宇治らしい(?)。

この後は暗くなってきた西の空を眺めつつ、

最後の立ち寄り地、

「石清水八幡宮」へ向かいますが・・・

タイムアップ。

閉場(閉山)でございます。(涙)

日本一周の頃によくやったパターンですな。

ここであきらめて帰るのも勿体無い。

どうするべ?

という事で・・・

一泊することに。(^^;

じゃあ明日は奈良に行って、帰りがけにまたここに寄ればいいじゃん。

という見事な作戦を立てて、

奈良市内の宿を携帯からゲット。

ひたすら南下。

夕食はホテル近くの、そして平城宮跡の横にある・・・

思い出のお店、「蛸庵」へ。
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そして迷わず注文します。

「ぶた玉」。
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もちろん、ぶた肉は薄切りではなく、写真のような”厚みのある方”を選択。

お店に焼いてもらって到着です。
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前回、ここに来たのは日本一周の途中、2年前の7月でした。
http://j5xbdyea.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/18_2eb3.html

残念ながら、同じ味かどうかは正直覚えてませんが。(^^;

とってもおいしかったです。
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ごちそうさまーー。

満腹になって、すこし散歩を。

夜の”平城宮跡”の朱雀門は、こちら。
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平城遷都1300年祭、たのしみです。

本日はここまで。

おやすみなさい。

 

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2009年8月30日 (日)

奈良を地味に巡ってみた

昨日、京都を地味に巡ってみよう、という事で・・・

北野天満宮 → 醍醐寺 → 平等院鳳凰堂 → 石清水八幡宮、

というルートを走ったのですが。

最後の石清水八幡宮に辿り着くも、目的地閉場(閉山)。

一泊して翌日の再チャレンジを決定。

こうなったら、

ノープランのまま、

地味に、

奈良も巡ってしまう。

その後、京都・石清水八幡宮に立ち寄って帰宅、

目的達成とする。

・・・。

という大胆な企画変更。(^^;

目的地を検索しながらの旅、始まります。(T_T)

 

■計画立案

”三大”を巡る旅の途中であるので、

やはり、奈良にある”三大”を巡りたい。

「図解・日本の三大なんでも事典」(三笠書房)の本は常に持ち歩いています。

本を開いて調べると・・・

奈良のターゲットはこんな感じ。

 ・三大寺 : 元興寺(飛鳥寺)
 ・三大寺 : 弘福寺(川原寺)
 ・三大寺 : 大安寺(大官大寺)
 ・三大鳥居 : 大神神社大鳥居=32m(奈良県)
 ・新三大夜景 : 若草山から見る奈良県奈良市

三大寺!

集まってますね。

ならば、全部巡りましょう。

本の三大寺の表記にカッコ書きがあるのは・・・

”現在は○○寺(以前、飛鳥時代は△△寺)”

という意味の表記でしょうか。

うーん。

じゃあ・・・飛鳥時代の古いほうを回るべきか。

という方向で攻めます。

そして、

下調べをする時間もツールもなく、明日香村方面へ。

場所はこの辺りか、

とナビだけを頼りに行ってみます。
Map_02_2

(A)川原寺→(B)橘寺→(C)石舞台古墳→(D)飛鳥寺→(E)大安寺。

(A)~(D)は明日香村にあり、拡大するとこんな感じ。

Map_03

まずは、川原寺と飛鳥寺。

本当にこの場所でいいのか・・・

良くわからないが、行ってみる。(笑)

ついでに、橘寺と石舞台古墳くらいは立ち寄ってみる。(^^;

 

■三大寺 「弘福寺(川原寺)」

まずは、明日香村へ。
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ナビの指し示す「川原寺」へ行ってみます。

これだ。
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何もない。

史跡?

遠くにあるあの建物は?

ウィキペディアで調べてみます。


川原寺(かわらでら)は古代日本の政治文化の中心であった
飛鳥(奈良県高市郡明日香村)に所在した仏教寺院。

別名を弘福寺(ぐふくじ)。
川原寺跡は国の史跡に指定されており、現在はかつての中金堂跡に
川原寺の法灯を継ぐ真言宗豊山派の寺院・弘福寺が建つ。

川原寺は、飛鳥寺(法興寺)、薬師寺、大官大寺(大安寺)と並ぶ
飛鳥の四大寺に数えられ、7世紀半ばの天智天皇の時代に建立された
ものと思われるが、正史『日本書紀』にはこの寺の創建に関する記述がない。

そのため創建の時期や事情については長年議論され、さまざまな説があり、
「謎の大寺」とも言われている。

平城京遷都とともに四大寺の他の三寺(飛鳥寺、薬師寺、大官大寺)は
その本拠を平城京へ移したが、川原寺は移転せず、飛鳥の地にとどまった。

平安時代最末期の建久2年(1191年)の焼失後は歴史の表舞台から姿を消し、
発掘された瓦やせんぶつ(せん仏:土で作り焼成した仏像)、堂塔の礎石
以外には、往時をしのばせるものはない。

川原寺から出土する創建時の瓦は「複弁蓮花文瓦」と呼ばれる、
8枚の花びらのそれぞれを2つに分けた形式の複雑なデザインのもので、
これが以後の瓦文様の主流となった。

昭和49年(1974年)、川原寺の裏山の板蓋神社から、千数百点におよぶ
塑像の断片やせんぶつが発掘された。
せんぶつとは土製品を焼いたもので、材質的には煉瓦に近い。
川原寺裏山からは、縦横とも20cmほどの板状のせんぶつに三尊仏を
浮き彫りにした三尊せんぶつが大量に発掘されている。

せんぶつが1箇所から大量に発掘された事例は日本で他になく、その用途は
はっきり解明されていないが、仏堂の壁面をせんぶつで埋め尽して荘厳
していたという説が有力である。

現在、川原寺跡は南大門、中門、廻廊などの旧位置がわかるように整備
されている。

長くなってしまいましたが。

飛鳥の時代の川原寺は、発掘調査された遺跡だけが残っており、

それが、ここだと。

川原寺を受け継いだ弘福寺が、現在は奈良市内にあると。

(間違えていたらご指摘下さい)

これらが川原寺の建物の基礎、土台の部分、ですね。P1000032_blog P1000031_blog

こっちは・・・

P1000030_blog P1000028_blog

ちょっと関係なさそうなお食事所でした。

名称は引福寺。字面が微妙に弘福寺と似てる?(^^;

さてさて・・・

ウィキペディアにある「せん仏(せんぶつ)」が大量に発見された、

川原寺の裏山にある、板蓋神社・・・
Map_04

本当に川原寺ってこれなの?

と周辺をウロウロ歩いていて、

写真撮影してました。

こちらが入口です。

狭くて急な階段。お百度参り・・・とか書いてありました。(うろ覚え)
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神社だよな。寺じゃないなー。と言いつつ。写真撮影。(^^;
P1000026_blog

ここが板蓋神社ですか。知りませんでした。

という事で。

何の予備知識もなく行ってみた・・・

川原寺、終了です。(^^;

しかし・・・

今現在は「弘福寺」として奈良市内にある、っていうんなら・・・

こっちは”遺跡”状態だし・・・

両方行ってみますか。

”弘福寺(川原寺)”は半分クリア、ですね。(^^;

 

■聖徳太子生誕の地 「橘寺」

いわゆる、観光です。(^^;

亀石とか、有名な壁画とか、○○天皇のお墓とか、

近くにあったのですが・・・。

目的地から遠回りになる。

という事で今回は回避。

恐るべし、深谷ネギ。

いざ、たまたま近くにあった、「橘寺」へ。
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少々歩いて辿り着きました。

正門です。ここから入ります。
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入場料を支払って中に入ります。

こちらが本堂です。
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よく見ると、龍と・・・

象でしょうか。
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本堂の横にある「二面石」です。
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こちらは「黒駒」、太子の天を翔る愛馬だそうです。
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他にもいろいろとありましたが・・・。

このあたりで。(^^;

 

■特別史跡 「石舞台古墳」

またまた。

いわゆる、観光です。(^^;

次の目的地、飛鳥寺に行く途中というか・・・

遠回りにはなるんだけど・・・

立ち寄ってみる?

みたいな感じで。

行ってみました。
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こちらが入口です。

昔は無料だったそうですが、いまは入場料が必要です。
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入口を入ると、すぐに見えてきます。近っ。(^^;
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巨大な岩が露出している古墳、石舞台古墳です。
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石舞台古墳は、横穴式石室を持つ方形墳。
築造は7世紀のはじめごろと推定。
古墳上部の封土は失われ、巨大な天井岩が露出した姿に。
被葬者は不明ですが、蘇我馬子ではないか、とされているそうで。

横穴式の石室、実際に入ることができます。
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はい、修学旅行で行ったよーみたいな。

歳をとってからまた見に来るのも一興ではないか、そんな感じです。

石舞台古墳、以上で撤収です。(^^;

 

■三大寺 「元興寺(飛鳥寺)」

これまた何の下調べもなく・・・

ナビの指し示す「飛鳥寺」へ行ってみます。
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本当にここでいいのか??

ウィキペディアを見てみました。


飛鳥寺(あすかでら)は奈良県高市郡明日香村にある寺院である。

蘇我氏の氏寺で、日本最古の本格的寺院でもある法興寺
(仏法が興った寺という意味)の後身である。

この寺にはいくつもの呼び名がある。
蘇我馬子が建立した寺院の法号は「法興寺」または「元興寺」(がんごうじ)であり、
法興寺中金堂跡に、現在建つ小寺院の公称は「安居院」(あんごいん)だが
「飛鳥寺」の呼称は江戸時代の紀行文などにも見え、「飛鳥寺式伽藍配置」
など学術用語にも使われている。

現在の飛鳥寺の前身である法興寺は、蘇我氏の氏寺として
6世紀末から7世紀初頭にかけて造営されたもので、
明日香村豊浦の豊浦寺(尼寺。現在の向原寺がその後身)と並び
日本最古の本格的仏教寺院である。

都が平城京へ移るとともに法興寺も現在の奈良市に移転し元興寺となったが、
飛鳥の法興寺も存続し本元興寺と称された。

現在、参道入口に立つ「飛鳥大仏」の石碑は寛政4年(1792年)のもので
当時すでに「飛鳥大仏」と呼ばれていたことがわかる。
現・本堂は江戸末期の文政8年(1825年)に大坂の篤志家の援助で再建
されたもので、創建当時の壮大な伽藍をしのぶべくもない。
しかし発掘調査の結果、現在の飛鳥寺本堂の建つ場所はまさしく馬子の
建てた法興寺中金堂の跡地であり、本尊の釈迦如来像(飛鳥大仏)は
補修が甚だしいとはいえ飛鳥時代と同じ場所に安置されていることがわかった。

日本最古の寺院・法興寺は衰退したとはいえ、21世紀の今日まで
その法灯を守り続けているわけである。

むむむっ。

法興寺または元興寺が明日香村に建立されたの最初の寺の名前。
遷都で平城京へ移転した方が、奈良市にある今の元興寺。
明日香村に残った方が、こちら飛鳥寺。

どちらが本物?(^^;
(どちらも本物か)

では、元興寺についてもウィキペディアを見てみる。


元興寺(がんごうじ)は、奈良市にある、南都七大寺の1つに数えられる寺院。
蘇我馬子が飛鳥に建立した、日本最古の本格的仏教寺院である法興寺が
その前身である。

法興寺は平城京遷都に伴って飛鳥から新都へ移転し、元興寺となった
(ただし、飛鳥の法興寺も元の場所に残り、今日の飛鳥寺となっている)。

現在、「史跡元興寺」として指定されている地域は
(1)奈良市中院町の「元興寺極楽坊」、
(2)同市芝新屋町の「元興寺(塔跡)」、
(3)同市西新屋町の「元興寺小塔院跡」の3か所である。
これらはいずれも、蘇我馬子が6世紀末、飛鳥に建立した日本最古の
本格的寺院、法興寺(現在の飛鳥寺)の後身である。

和銅3年(710年)の平城京遷都に伴って、飛鳥にあった薬師寺、
厩坂寺(のちの興福寺)、大官大寺(のちの大安寺)などは新都へ移転した。
法興寺は養老2年(718年)平城京へ移転したが、飛鳥の法興寺も
廃止はされずに元の場所に残った。

通常、飛鳥にある寺を「法興寺」、平城京の方の寺を「元興寺」と称している。
「法興」も「元興」も、日本で最初に仏法が興隆した寺院であるとの意である。

これも、現在の元興寺と両方行くべきでしょうか?(^^;

本日行った「飛鳥寺」はこちら。
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仏教が日本に伝来した飛鳥時代、日本初の本格的な寺院は、
蘇我馬子が建てた元興寺(または法興寺)で、今の飛鳥寺
という事ですか。

日本最古の仏像、飛鳥大仏もあります。

が、写真は掲載なし、です。

寺の裏手(?)には、蘇我入鹿首塚があります。
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という事で。

こちらも何の予備知識もなく行ってみた・・・

飛鳥寺、終了です。(^^;

奈良市内にある「元興寺」にも行かなくては、ですね。

”元興寺(飛鳥寺)”も半分クリア、という事で。

 

■三大寺 「大安寺(大官大寺)」

こちら、大官大寺の場所がナビに出てきません。

遺跡状態なので掲載されていないのか?

探し方が悪いのか?

各時代の地図がHDDナビに搭載されていればいいのですが。(無理)

書店やネットカフェに立ち寄って調べる・・・

そんな時間がなかったので。

仕方なく・・・

奈良市内にある「大安寺」の方へ行ってみる事に。(^^;
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本堂はこちら。
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大安寺をウィキペディアで調べてみます。


大安寺(だいあんじ)は、奈良県奈良市にある高野山真言宗の仏教寺院。
本尊は十一面観音。開基(創立者)は聖徳太子と伝える。

奈良時代の大安寺は東西2基の七重塔をはじめとする大伽藍を有し、
東大寺、興福寺と並ぶ大寺院で、「南大寺」の別称があった。
南都七大寺のなかでも、七重塔が建っていたのは東大寺と大安寺のみである。

大安寺の起源は聖徳太子が今の奈良県大和郡山市に建てた
熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)であり、これが移転して、
「百済大寺」(くだらのおおてら、くだらだいじ)、
「高市大寺」(たけちのおおてら、たけちだいじ)、
「大官大寺」(だいかんだいじ)と改称を繰り返し、
平城京遷都とともに寺も新都へ移転して「大安寺」となったという。

飛鳥地方にあった7世紀建立の寺院のうち、
法興寺(元興寺)、薬師寺、厩坂寺(うまやさかでら、後の興福寺)などは
平城京への遷都とともに新都へ移転している。
大官大寺も平城京左京六条四坊の地へ移転し、大安寺となった。

境内(国の史跡)には本堂、嘶堂(いななきどう)などが建つが
いずれも近代の建物である。

大官大寺が移転して、こちらの大安寺になった、という事ですね。

建物は近代的で。。。特に撮影していないので写真はこれまで。

ここだけは現在のお寺をクリアです。(^^;

大官大寺跡に行かなくてはいけませんね。

三大寺・・・

いずれも”半分クリア”の扱いにしておきましょう。

 

■三八幡 「石清水八幡宮」

奈良県の寄り道がようやく終わり・・・

やっと、本題の三八幡:石清水八幡宮へ向かいます。

さすがに2日連続で閉場(閉山)→ガックリ、となるわけにはいきません。

慌てて奈良市内から京都府八幡市へ向かいます。

日曜の午後、数箇所で渋滞するなか、

16:00前にようやく石清水八幡宮到着。
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本殿は「男山」山頂にあるので、ここから一ノ鳥居~三ノ鳥居と
参道を歩いていくのですが・・・

相当な山道のようであり、時間もなく、相方は”サンダル”(笑)
という事で、男山ケーブルに乗って山頂へ向かう事に。

京阪本線・八幡市駅横の、男山ケーブル八幡市駅へ。
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ケーブルカーが本殿のある山頂まで往復してくれます。

右にいる水色の象は、車内に冷風を送る冷風扇の冷えゾウ君です。(^^;

後ろ向きに座ったまま上っていきます。
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そして山頂の男山山頂駅へ到着。

しばらく山道を歩くと到着です。
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石清水八幡宮について、ウィキペディアから引用します。


石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)は京都府八幡市の
男山山上にある神社である。

宇佐神宮などとともに日本三大八幡宮のひとつに数えられる。
二十二社の上七社の一つであり、旧社格は官幣大社。
本殿などの建造物16棟等が国の重要文化財に指定されている。
また、本社は伊勢神宮に次ぐ国家第二の宗廟とされている。

京都の北東にある比叡山延暦寺と対峙して京都の南西の裏鬼門を
守護する王城守護の神、王権・水運の神として皇室・朝廷より篤い信仰を受け、
天皇・上皇・法皇などの行幸啓は250余を数える。

また、源氏をはじめ、足利氏・徳川氏・今川氏・武田氏など、多くの清和源氏が
氏神として信仰したことから武神・弓矢の神・必勝の神として崇敬された。

現代では、パナソニックの創業者でもあり「経営の神様」とも称された松下幸之助
が深く信仰したほか、厄除開運、必勝、商売繁盛、家内安全などの御利益を
願って全国から参拝者が足を運ぶ。

伊勢神宮に次ぐ第二の・・・は宇佐神宮だったのでは?
どちらでも良いのですけど。(^^;

本殿、その他の写真はこちら。
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石清水八幡宮、2日がかりでようやく終了です。(^^;

参拝が終わった頃はだいぶ暗くなってきていました。

これにて京都と奈良を地味に巡る旅、終了です。

奈良は”やり残し”が出来たので・・・

また行きましょう。(^^;

 

ではではー。

 

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2009年9月 5日 (土)

コラボ芸人 石川大会の巻 【前編】

社内には色々な「芸人」がいる。

そして、それぞれが掲げた”目標”がある。

目標の達成に向けて日々努力している。

そんな芸人たちが、

お互いを理解したい。

そして体験することで、

お互いの”芸人道”の素晴らしさを理解したい。

そうだ、

実際に体験し同じ時間を共有することでしか、

真の相互理解はありえない!

ありえな~~~~~~い!のである。

(ハァハァ)

そんな思いから生まれたこの企画、

コラボ芸人・石川大会の巻。

芸人たちが北陸の地で何を分かち合うのか、

何を追い求め、さまよい歩くのか、

彼らには何が待ち受けているのかっっっ!

(ハァハァ)

こうご期待。

(落ち着け)

 

■「石川県集合!」の巻

”芸人”たちが石川県に集合して、

お互いのライフワークを体験する、

そんな崇高な思いで始まったこの企画。

なぜ石川なのかは割愛!

準OPP芸人:KY氏は石川県で待つ。

ゴルフ芸人:TA氏は前日より石川県入り。

そして、

ガンダム芸人:SH氏と、三大芸人:MS氏はプジョー207CCで爆走、

お昼に、北陸道の金沢西ICへ到着。
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集合予定地のJR金沢駅にて

ジャストインタイムで集合を果たし、

そしてすぐさま、現地の準OPP芸人:KY氏の車に乗り換えて、

旅立つのであった。

 

■ガンダム芸人:SH氏プレゼンツ「男のB級グルメ」の巻

SH氏には夢がある。

「男のB級グルメ」を食べ尽くす事である。

普段、関東で活躍する彼にとって、

地方のB級グルメを食す機会は滅多に無い。

今回、石川県金沢市のB級グルメを・・・

皆で体験、味わってみる事に。

SH氏に選ばれた、名誉あるB級グルメ店は・・・

これだ。
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「第七餃子店」、である。

ギョーザという一般庶民の食事、

それをなおかつ、近所の大学生をメイン顧客に

安く、大量に、提供してくれる。

・・・。

B級です。

なぜ第七!?

第一から第六はあるのか?

間違いなく、B級です。(^^;

店舗の中に入ってみるとこんな感じだ。
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結構広い店内、40席くらいはあるだろうか。

満席である。

さらに30人ほどの行列が店内に出来ている。

店員に最後尾に並ぶよう指示される。

どんだけ人気があるのか。

メニューはこんな感じ。P1110448_blog

ホワイト赤マン!

・・・ではなく。

ホワイト餃子!

これが一番人気の品らしい。

しかし安い。

10個で420円である。

1000円以下の商品ばかりである。

スープなんて32円。

どこまでが本体価格でどこからが消費税か、

一瞬計算不能になる。

そして待つこと30分あまり、

ようやく我々も席へ。

そして、「ホワイト餃子定食」を注文。
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こ、これが・・・

餃子ですか?
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見た目とサイズ的は、大きめのたこ焼きである。

厨房では大量の油を使っていたので、

焼きギョーザではなく、揚げギョーザといった感じ。

食べようと箸を使うと、皮が非常に硬いのがわかる。

無理やりこじ開けてみる。
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分厚い皮の中から、よく見る具が。

本当にギョーザである。

食べてみる

しかし。

カリカリ!である。

マジで皮硬すぎ!

一生懸命揚げすぎ!(^^;

無理やり噛んでみる。

肉汁が横から飛ぶし!

あわわわ。(^^;

しかし、うまい。

うまいのである。

夢中になって食べてしまいました。

ごちそうさま。
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ガンダム芸人:SH氏、これにて”男のB級グルメ・今期3店舗巡る”、

という目標を達成です。

おめでとう!

皆でB級グルメ、体験いたしました。

いやぁ、人気があるのがわかります。

うまかったです。

毎日は無理だけど・・・

毎週も厳しいけど・・・

月に2・3回ならイケるでしょう。(^^;

ごちそうさまでした。

 

■三大芸人:MS氏プレゼンツ「三名園:兼六園」の巻

MS氏には夢がある。

「日本の三大なんとか」を制覇する事。

三名園はクリア済みなのだが、兼六園のちゃんとした写真が無い。

改めて、きちんと回りたい。

という事で、金沢市内の有名観光地、兼六園へ。
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昔は無料だったそうですが、今は有料です。P1110468_blog

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兼六園とは?

ウィキペディアで調べてみます。


兼六園(けんろくえん)は、石川県金沢市にある日本庭園。

広さ約3万坪、江戸時代を代表する池泉回遊式庭園として
その特徴をよく残している。国の特別名勝に指定されている。

岡山市の後楽園と水戸市の偕楽園と並んで、
日本三名園の一つに数えられている。

江戸時代、加賀藩の庭園として造られたことに端を発する。
延宝4年(1676年)に五代藩主前田綱紀が「蓮池亭(れんちてい)」を造り、
13代藩主前田斉泰は天保8年(1837年)霞ヶ池を掘り広げて増庭させ、
現在のものにほぼ近い形にしたとされる。
「兼六園」の名称が定められたのもこの頃である。

名称は宋代の詩人・李格非の『洛陽名園記』に由来する。
「宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の六つを兼ね備える名園」との意味で、
当時の老中松平定信が命名したとされている。

春夏秋冬それぞれに趣が深く、季節ごとに様々な表情を見せるが、
特に雪に備えて行われる雪吊は冬の風物詩として情緒を添える。
霞ヶ池を渡る石橋を琴に見立てて徽軫(ことじ)をなぞらえた
徽軫灯籠(ことじとうろう)は、兼六園を代表する景観となっている。

園内の噴水は、日本に現存する最も古い噴水であるといわれる。
これより高い位置にある園内の水源、霞ヶ池から石管で水を引き、
水位の高低差だけを利用して、水を噴き上げさせている。
そのため、水が噴き上がる最高点は、ちょうど霞が池の水面の高さに相当する。
ポンプなどの動力は一切用いておらず、位置エネルギーのみを利用したものである。

なお、金沢の地名は園内にある湧き水「金城霊沢」(きんじょうれいたく)
を由来としている。

という事で、芸人たちと兼六園を巡ってみた写真はこちら。

・ことじ灯篭と虹橋
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・唐崎松
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・霞ヶ池
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・雁行橋
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・日本武尊の像
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・根上松
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・鶺鴒島
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・竜石
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・金城霊沢
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・金沢神社
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・時雨亭
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・竹根石手水鉢
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・瓢池
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以上、兼六園でした。(^^;

(簡単すぎるだろ~)

日本三名園の一つ、皆でゲットです。

 

■準OPP芸人:KY氏プレゼンツ「銭湯を巡る」の巻

KY氏には夢がある。

地元の「銭湯」を制覇する事。

今流行のスーパー銭湯という大きなところではなく、

昔ながらの小さな町内の人が集う銭湯・・・

そんな場所をめぐり、

人情に触れる。

我々もその活動に参加、体験してみるのである。

今回はこちらの銭湯に行ってみた。
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「くわな湯」です。

住所は金沢市東山3-1-5。

料金は市内共通の420円。
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芸人一同、銭湯気分をいざ味わいます。
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中に入って、番台にちょこんと座るお婆ちゃんへチケットを渡します。

中はいかにも銭湯、といった風景。

こじんまりとしていますが非常に清潔感があります。

さらに、コミック漫画がイヤというほどおいてあって、

皆の憩いの場となっている感じが。

湯船は3つ。

1つは薬用ミネラル温泉(?)で非常に熱く、

自分は入れませんでした。

「ケロリン」の洗面器、非常に雰囲気があってよかった。(^^;

お湯から上がって・・・

やはりこれでしょう。

という事で、コーヒー牛乳を100円で購入。
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いやぁ。

いいお湯でした。

お婆ちゃんも、色んな年齢層のお客さんたちも、良かった。

コーヒー牛乳もうまかった。

子供の頃、夏休みにお爺ちゃんの家に行った、

そんな雰囲気というか匂いというか、

懐かしい感じです。

そして・・・

準OPP芸人:KY氏、これにて”金沢の町の銭湯10箇所を巡る”、

という目標を達成です。

おめでとう!

皆で金沢の町の銭湯、

堪能しました。

よかったですバイ。

 

この後、保養所にて夕食、

芸人たちの夜の宴会となりました。

つづきは・・・

後編にて。

 

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2009年9月 6日 (日)

コラボ芸人 石川大会の巻 【後編】

昨日は、

”男のB級グルメ”という事で、金沢を代表するB級グルメ、

「第七餃子」を食しました。

そして、”日本三大”という事で、金沢を代表する名園、

「兼六園」を巡りました。

さらに、”金沢の銭湯を巡る”という事で、金沢市東山の銭湯、

「くわな湯」に入りました。

結構盛りだくさんの一日。

本日は、引き続き北陸の旅、2日目。

観光ムード漂う・・・

コラボ芸人石川大会、後編です。

 

■松井秀喜ベースボールミュージアム

石川を代表する人物、

世界のマツイである。

あの有名な親父さんが作った、

息子の博物館。

松井秀喜ベースボールミュージアム。
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生きてる人物のミュージアムというと・・・

バック・トゥ・ザ・フューチャーPart2に出てくる、ビフ・タネン ミュージアム

を思い出してしまった。(意味なし)

1人300円の入館料を払って入ってみる。
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中に入ると、子供の頃からの記録映像、写真、

使用していた道具、成績・ホームランの記録、

トロフィーや賞状、ものすごく沢山のモノがあります。
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あまりに沢山あるので割愛。

撮影不可のモノもあり残念でした。

金沢にきたら足を運ぶべきでしょう。(^^;

 

■「もりもり寿し」金沢駅前店

お昼はここしかない、 

金沢にきたらハズせない。

という事で、「もりもり寿し」にやって来ました。

今回は野々市本店ではなく、金沢駅前店。
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少々待って入店、

手書きの「本日のおすすめ」が良いです。
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こんな感じで食べてしまいました。

・北陸えび三点盛り
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・のどくろ炙り
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・がすえび
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・まぐろ大トロ
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他にも色々食べましたがこのあたりで。

もりもり寿し、やはりうまい。

満足でございますー。

 

■三大大仏「高岡大仏(富山県)」

もりもり寿し金沢駅前店での昼食後、

コラボ芸人石川大会を終了、

解散となりました。

皆さんお疲れ様でした。

それぞれの得意分野、体験いたしました。(^^;

深谷ネギ、

これから単独で富山へ行ってみます。

ここまで来て、まっすぐ帰れません。(^^;

一路北陸自動車道で富山県へ。
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大仏のある高岡駅周辺へ行ってみます。
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高岡大仏駐車場をナビで目標に設定し・・・

到着です。
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探す手間は・・・

まったくありませんでした。(^^;

駐車場の目の前に大仏さま。

まさか、

こんな町の中に、そのまんま・・・

と驚いてしまいます。

接近して撮影です。
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日本三大仏、

3番目が諸説あるという感じですが・・・

ゲットでございます。(^^;

達成しましたーー。

おめでとう、俺。

 

■三大鳥居「気比神宮(福井県)」

富山県で高岡大仏をゲットして、

このまま北陸自動車道を走れば帰り着くが・・・

やはりここは立ち寄るべきでしょう。

富山県敦賀市にある三大、

三大鳥居、気比神宮。

三大鳥居は下記3つとされていますが・・・
・大神神社大鳥居(高さ約32m)
・厳島神社鳥居(高さ16.8m)
・気比神宮鳥居(10.93m)
平安神宮の大鳥居などは24mあるようです。

これは単純な高さではなく、歴史とか、木製であるとか、
そういった理由から来ているのでしょうか。

気比神宮についてウィキペディアより引用します。


氣比神宮(けひじんぐう)は、福井県敦賀市にある神社である。
式内社、越前国一宮で、旧社格は官幣大社。

気比神宮大鳥居 - 寛永年間(1624~1644年)に佐渡の旧神領地
鳥居ヶ浜から奉納された榁(むろ)の大木を使い、
正保2年(1645年)に建立された両部鳥居で、
明治34年(1901年)に古社寺保存法に基づき特別保護建造物に指定され、
昭和25年(1950年)の文化財保護法施行後は重要文化財とされている。

また、春日大社・厳島神社の大鳥居に並ぶ「日本三大鳥居」の一とされる。
正面の扁額は有栖川宮威仁親王の染筆。

古くは「けひ」を「気比」・「笥飯」と書いたり、社号を「社」・「宮」・「神社」・「(大)神宮」
と称したりと様々であったが、明治28年(1895年)の神宮号宣下により「氣比神宮」
に改称して現在に至る。現地では「けえさん」と親しみをこめて呼ばれている。

本来は食物の神を祀る神社であったと思われるが、
鎮座地前を都と北陸諸国を結ぶ北陸官道が通り、
また敦賀が古来有数の津であったため、
海陸交通の要衝を扼する神として崇敬された。

ということで、こちらが気比神宮の大鳥居です。
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うーん、立派です。

高さを比較するものが回りに無いですが、

人間の高さと比較して確かに10mくらいか、と。

当日はお祭りだったようで、大勢の人がいました。
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最後の”お笑いお化け大会”、いったいどんな幽霊屋敷なのか・・・

興味はありましたが時間も無いので

これにて撤収です。

 

2日目、北陸のプチ三大めぐり、という感じで終了しました。

まずまずの収穫です。(^^;

また他の地方の”三大”、

目指してがんばりましょう。

 

ではでは。

 

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